サフランの道

インドのレストランにいったら、ドアのところに「幸福のレシピ」というのがあった。愛と慈悲のサフラン(ロード)・インド・ブログです。
サフランすしの作り方


サフランを使って、サフランすしを作ることができます。
ちょっと変わったすしとして、たまにはよいのではないでしょうか。
色がサフラン色のきれいなライスに、色とりどりの野菜を入れて巻いてみると、新鮮なおいしさが驚きをもたらせてくれます。



まず、米をたくまえに、沸騰した湯にサフラン(30本くらい、4人分)をいれて15分位すると上のような色になるので、それを炊飯器に水と一緒に入れて、普通に米をたくのです。

野菜や豆腐や、私の好物のアボガド、キューリなどをいれて、お好みで巻いていきます。



オーストリアでは、こんなふうにワインがでてきたりします。ヨーロッパですねえ。



そして、みんなおいしく食べました。
む? タミロは野菜と白ご飯が好きじゃないのです。
せっかく作るのに、食べてくれません。とほほ。
でも、他のメンバーは喜んで食べていますね。
みなさんもお試しください。

きれいですよ。すしの色が。。。




サフランすしのページはこちらからどうぞ


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サフランと、スーフィーと、そよ風


パンポレの人たちは、サフランはショク・ババが最初にもたらしたものだ、と言います。
ショク・ババは16世紀にこの地方に生きたスーフィーの聖者で、パンポレの村のなかにサマーディー(聖者の墓)があり、いまでも多くの人が詣でているようでした。



テンプルのなかに入ると、いくつかの台座がガラス張りの内部屋に安置されています。
私は、のちにとてもよい友人になったグラム・ラスーというお医者さんに連れられていったのですが、そこでは2,3人の人たちが祈りをささげていました。


グラム・ラスー。私に、入っていいよ、と言ってる。

写真をとってもいい、と言われたので、写真をとっていると、だれかが大声で泣きはじめました。泣きながら、語りかけているようです。それは、ひとりの男の人でしたが、神にむかって語り、泣いているのです。
このストレートなアプローチはス−フィーの特徴の一つですね。

私は以前からスーフィーの物語が好きだったので、こういう神にむかって涙をながしながら、語りかける、という話は知ってましたが、実際に目の前で見ると、驚きともと感動ともつかない、一種の感電状態におちいるような気がしました。

ショク・ババのサマーディーの隣りには、ショク・ババの師であるカジャ・マスード・ワリという聖者のサマーディーがありました。ワリというのは、「神の友人」という意味だそうです。



サフランは神の楽園の花で、その花がショク・ババにあたえられ、ショク・ババがパンポレにあたえたものなのです。

グラム・ラスーのおじいさんはスーフィーだったそうです。
それで、グラム・ラスーの苗字はスーフィーというのです。
ですから、正式には彼の名前は、グラム・ラスー・スーフィー。
こんな名前があるなんて、考えたこともありませんでした。
名前が、スーフィーですものね。
私からしたら、ちょっとうらやましいほど、いい名前です。
グラム・ラスーはパンポレで、医者であり、同時に薬局の経営者でもあります。



が、敬虔なスーフィーであるのが、もともとの基盤にあります。
彼の薬局には実にいろいろな人が訪れるので、そのような人たちにサフランの口上をしゃべらせて、あとから通訳してくれたりしました。
実に、良いサフランの見分け方が、まがりなりにも言葉化できたのは、ほとんど彼の好意によっているといって過言ではないのです。

そうじゃないと、農家の話すことは、実にその瞬間に生きていて、次の瞬間には次の真実がなんのためらいもなく出てくるのです。
すばらしいですね。
瞬間に生きていて・・・。
私は混乱しますけど・・・。
はっはっは。

彼は、のちに、私を連れてアバンティプールに行って、8世紀のヒンズー寺院や、


ヴィシュヌ神と妻ラーダの彫刻。エローラにもまったく同じ構図の彫刻がある。

イスラムのモスクや、15世紀に中央アジアからやってきたスーフィーの聖者のサマーディーを、私に見せてくれました。

グラム・ラスー・スーフィー。
サフランと、スーフィーの里に吹く一陣のそよ風、のような存在でしたね、私にとっては。

彼との最初の出会いは、こんな感じだったんですよ。




後ろのスーフィーおじいちゃんの笑い顔がいいですね。
あっけらかんとして。


サフランの知識と使い方はこちら。

カシミールの純粋サフランはサフランロードから入手できます。


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カシミールのサフラン博士 −G.M.ミル教授−

おいしそーな、いきいきサフラン

スリナガルの中心地ラワルチョークで、5−6軒の本屋にいって、サフランについての本がないか、探して歩きましたが、どこにも一冊もありません。
あっちにいったり、こっちにいったり、探したあげくにようやく冷房のきいてるけっこう大きな本屋がありました。
そこで見つけた唯一のサフランの本。
「カシミールのサフラン栽培学」というぎょうぎょうしいタイトルで、そこにはかなりアカデミックな研究論文が書いてありました。
中身をすこし抜粋してみると・・・



○サフラン(Crocus sativus)は、インド大陸においては、カシミールとキシュトワール地方においてのみ栽培される。
○カシミールにおけるサフランの収穫は、1968年には約4,4トンで、1983年には146トンになり、約33倍である。
○サフランの栽培には、水はけのよい、ローム土が適している。カルシウムが含まれているのが理想的。
○カシミールの気候は、夏はそれほど暑くなく、冬はそれほど厳しくなく、雨季が存在しない。
○現在(1993年発行)においては、ほとんど例外なく、サフラン畑には肥料はもちいられない。

これ以外は、まあおもしろくもないむずかしい比較対照の調査報告と指標が書いてあります。

ちょっと良く理解できないので、これは直接本人にあって聞いたほうがいいかな、と思ったので、翌日、リキシャを頼んで、カシミール大学のキャンパスに出かけました。

本の裏表紙に、「現在、カシミール大学の中央アジア研究所に勤務している」と書いてあったので、大学のゲートでこの研究所の場所を聞いて、そこから5分ほど歩いたところの建物に行きました。
めでたく中央アジア研究所と書いてある建物の受付で、この本を見せながら、「G.M.ミル教授に日本から会いにきたけど、教授はいますか?」と聞くと、「じゃあ、どうぞこちらに・・・」と言って、案内してくれるではないですか?
ミル教授の部屋は受付のとなりの大きな部屋でした。
2,3分待っていると、ミル教授が誰か大学の職員と話しながら入ってきて、私を見ると、上機嫌で、「ウエルカム、、ウエルカム!」と連発しながら自分の机にすわり、私のためにチャイをたのんでくれました。
私が彼の書いた「カシミールのサフラン栽培学」を見せて、この本を買ったのだけど、質問があるので、やってきましたと言うと、たいへんよろこんで、「おお、この本はもう15年位前に出した私の最初の本なのですよ。よくこんな昔の本が手に入りましたね」と、それはもうおおよろこびなのです。



「日本からサフランの取材に来たけど、サフランについての本はこれ以外にありませんでした」
と言って、私は彼にいくつかの質問をしました。
以下は、その質疑応答です。
○カシミールのサフランはパンポレ村でしか栽培できないと言われているようですが、教授の本によると他にもいろいろな村で栽培されているようですね。
★はい。もっとも広い耕地と多くの収穫量はパンポレですが、ほかにも何箇所かで栽培されています。パンポレでしか栽培できないと言うのは、基本的には農民が他の地域について無知であるということと、自分のところの価値を独占的に高めようという意図によるのでしょう。
○サフランに肥料は与えないということが書いてあるし、農民たちも「神が与えている」と言ってますが、ほんとうに何も肥料はやらないのですか?
★必要な肥料を与えればもっと平米あたりの収穫量も増えるし、今まで栽培できなかった土地でも栽培できるようになるのですが、農民は無知なので昔ながらのやり方に頼っているのです。



○ムンバイで買っても、カシミールで買っても、農家から直接買っても、同じ値段だというのは、なぜでしょうか。
★ディーラーの手に入ると、なんらかの操作が必ず入ります。彼らは商売人ですから、利益確保のためにあらゆる方法がとられて、品質的には純粋なものは皆無になるというのが現状かもしれません。
○ということは、普通の市場で買ったら、純粋なカシミール・サフランは入手不可能だということですか?
★残念なことですが。
○サフランの栽培は15世紀ごろにスーフィーの聖者によってもたらされた、とパンポレの人たちが言ってましたが、歴史的にはどうなのでしょうか?
★パンポレの農民が話すのは、神話としての意味合いが濃いですね。歴史的には、ふたつの伝承が伝えられています。ひとつは、15世紀ごろにイランから侵攻してきた王がアバンティプールに首都を築きました。その王がイランからサフランの種を持ってきて、パンポレで栽培しはじめたという話です。もうひとつは、やはり15−6世紀に、スペインからやってきた旅行者がサフランの種をパンポレの農家に与えたという話です。
○どちらにしてもサフランは15−6世紀ごろから栽培され始めたということですね?
★そのとおりです。



その日は、教授にお礼を言ってから、大学内のティー・スツールでサモサとチャイを飲んできました。
大学なかというのは、いつでも、どこでも、安いし、学生たちの雰囲気がいきいきしていて、いいものですね。

私は教授の話を聞いて、多分イランからやってきた王様がサフランを栽培しはじめたというのが、いちばんありそうな話だと思って、数日後アバンティプールにも行ってみました。
アバンティプールはパンポレから約15キロのところにあり、そこには8世紀に作られたというヒンズー・テンプルがあったのです。
ドラビダ人がいたところに、アーリア人が入り込み、そこにイスラム教の王が首都を作り、めまぐるしいインドの歴史の一こまをかいまみるような気分でした。
このヒンズー・テンプルの横には、大きなモスクが建てられていました。



帰り道、乗り合いタクシーから見ていると、あるところまでは田園風景が広がり、パンポレの手前10キロくらいに入ると、サフラン畑が広がっていました。
10月末にここにくれば、サフランの花とその収穫風景が見られるわけですね。
「また,来れたらいいな」、と思いました。


サフランティーの作り方・よいサフランの見分け方は、こちらからどうぞ





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| サフラン情報 | 13:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
パンポレのサフラン栽培農家、バシール・モハメッド・ミル


カシミールでサフランの栽培のできるところは、かぎられていています。
いちばんの中心地はパンポレという村で、この村の農家がおもにサフランを栽培してます。
パンポレから5,6キロ離れると、もう米をつくる田んぼになっていて、サフランは作れないということです。
パンポレはちょっとした小高い丘のようなところに位置しているからかも知れません。
地元の人たちは、神のギフトだと言います。

私はサフランの里パンポレ村で、バシール・モハメッド・ミルという農家を紹介されました。
最初に会ったブット氏はまるでスーフィーのマスター然としてましたが、こちらのミル氏はいかにも素朴なお百姓さんというかんじです。
サフランは10年に一度種をまくだけで、あとは自然のままに収穫の時期だけおおいに働くのですが、ほかの時期は別に特別やることもないわけで、たいていのサフラン農家はもう一つのビジネスをもってます。
ブット氏の息子さんはウールや布団などをあつかう店をやっています。
が、このミル氏は村の真ん中で、なんと、サモサやチャイなどを売る、スイート屋さんをやってます。



私はなぜか、今回、カシミールに来てから、サモサが好きになって、ほとんど毎日どこかしらで食べてます。
今日は、ここでチャイとあまーいクッキーをごちそうになってきました。
サフランの収穫は8カナル(約1ヘクタール?)でおよそ160トラ(1.6キロ)だそうです。
ここでのよいサフランの価格は1g、約600円です。これはミル氏が売るときの価格です。
高いですね。
そのかわり第一級品のサフランです。



最初、私はミル氏のこともよく知らないし、サフランの良し悪しも判断できないので、ためしに1g彼から買いました。
それをラムザーンやブット氏のところに持っていって、意見を聞き、のちにたいへんよい友人になった医者のグラム・ラスールのところに持っていって、意見を聞き、スリナガルの町のドライフルーツ・ショップで別なサフランを買って、比べたりして、だんだんなにがよいサフランかの見分け方がわかってきたのです。
そのへんのことは、サフラン・ティーの作り方のページをご覧ください。
ミル氏のサフランをチェックした人はひとりの例外もなく、これはいいサフランだ、と太鼓判を押したので、私は彼のサフランを50g、買うことにしました。
1gづつにして、50個です。



品質も世界一だけど、価格も世界一高いと思います。
でも、どうせなら最高のものを味わってみたいと思うし、サフランロードのお客様には、「これは最高のサフランなんですよ!」と確信をもっておすすめしたいですものね。


奥さんと一緒に、サフランを1gづつ入れ物に入れている。

これを使ってサフラン・ティーやサフランライスを作って、食された方が世界一のサフランというのはこういうものか、と通常市場で流通しているサフランとの違いに、納得してもらえれば、それでよいと思うのです。
このサフランは,濃いエンジ色をしていて、生薬のような強い香りがして、湯に入れたあとも生きているのです。
生きている、とミル氏は言うのですが、これは湯に入れてしばらくしても、くたっとしない、きりっとして、舌の上にのせると、まだまだ色がでてきて、舌がだいだい色に染まる・・・ということ。



このサフランがアーユルヴェーダの医者たちに買われて、アーユルヴェーダの薬として調合されて用いられるのです。
ほとんど毎日のようにパンポレに通ううちに、ミル氏ともうちとけてきて、最近は行くと、チャイやサモサをごちそうしてくれます。
今度は10月の末のサフランの咲く時期にやってきて、収穫の様子なども見せてもらいたいものです。
最後に、ミル氏の奥さんに、私とミル氏の写真をとってもらいました。
ミル氏が私の横にぎゅっとくっついてくるので、あれ!?っと思ったんですけど、素朴で、けっこう女性的なんですねえ。できてきた写真を見ると、。
だけど、私はそんなことより、自分の額がかなり広くなってきたなあ、・・・という感慨のほうが圧倒的に強くて、そのうちもう剃っちゃったほうがいいというふうになるかもしれんな、。。。なんて思うのですよ。



世界最高級、カシミールのサフランは、サフランロードからお買い求めください。







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カシミールのマイ・ルームご紹介


スリナガルはカシミール州の州都です。私はほとんど毎日のようにパンポレ(サフランの里)に行きますが、そこにはインターネットがないので、宿はスリナガルにおいてます。
最初の3日間は「ヌール・ゲストハウス」でした。湖に面した部屋でたいへん気にいってましたが、17日から予約が入っているということで、今度はちょっとなかに入りますが、真新しい、できたての「ジュネー・ゲストハウス」に移ってきました。

いちばんおおきな理由は、この部屋にはインターネット・コネクションが入っているということ。
サフランロードのやりとりに、いちいちイーメール・ショップに行かなくてもすむということで、ここに決めました。
好きなときに、メールをチェックできて、朝と夜、カシミール・ティーを作ってくれて、夕飯を作ってくれて、一日1,000円くらいです。
ああ、インドはいいとこだなあ。



しかし出入り口のベランダのところにはなんにもなくて、落ちそうだよね。ひっぱられるみたいに・・・、ま、これも2m3日するうちに慣れてきたけどね。
部屋はブランド・ニュー! 私が二人目のゲストだということです。全部新しいから、新しい家の、壁の、コンクリートの匂いなんかがするので、自分でプラントをふたつ買ってきて、部屋の中においています。こうすると、なかの空気がいっきょに変わるのですよ。自然の植物は、すばらしいね。



バスルームなんか、輝いているようでしょう?
あたらしいバスルームは、いつでもいいものです。
けっこう贅沢にホット・ウオーターがでてきて、贅沢にお湯浴びしています。
寒いのです、カシミールは。



ゴアは暑くて暑くて、ようやく雨がふりだしたと言ってましたが、ここでは2,3日前などふるえてましたね、寒くて。
おおきなベッドをひとりで使って、コンピューターをセットして、部屋にあるもので高さを調節したりして、インドだとなんでも、なんとでもなってしまう。
気楽な国です。



いろいろ自分でかってに部屋を変えても、オーナーのビラル氏はいっこうに気に介していない。
奥さんにカワー・ティーの作り方を伝授してもらい、サフラン・ティーの作り方を見せてもらい、子供たちはいつもカワ・ティーを二階の私の部屋まで運んでくれるのですよ。

しかし、私はこの部屋を今日引き払って、ダラムサラにむかいます。
サフランの取材も一通り終わったし、シラジットの場所に行くにはヒマラヤの雪がとける7月まで待たなければいけないことがわかって、それじゃ・・・というわけで、ダライラマの住むマクレオドガンジに、いざ、いかん。
で、そこではいったい何が待っているか・・・
はっはっは。
インシャラー・・・AS GOD WIDHES !



サフランロードで、カシミールのサフランが入手できますよ





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優雅な、おいしいサフラン・ティーの作り方


カシミールの人たちが飲んでいる伝統的なティーのことを、「カワー」といいます。通常、インドではいわゆるマサラチャイが飲まれますし、このあたりのダバと呼ばれる食堂などでもチャイが売られていますが、一般の家庭にはいるとカワがでてきます。
「カシミール・ティー、飲むか?」と聞かれます。
「はい」と言うと、ちょっと特殊なおちゃっぱにカルダモン、シナモン、ジンジャーなどがはいったティーが出るのです。
チャイとのおおきな違いは、ミルクが入らないこと。
それから、特別なお客とかの場合は、これにサフランが入ることです。
たいへんさっぱりしていて、おいしいハーブ・ティーになります。
ときには、そこにバラの花からつくるジャムや、アーモンドなども入ることもあります。



私がいちばん好きなのは、サフランを最大限にいかしたサフランティーです。あまりいろいろ入れると、サフランの香りや色がピュアーでなくなるので、ときには本当にサフランだけで飲んだりもします。
サフラン・ティーをいれた朝のひとときは、たいへん優雅な気分になって、自然に笑みがもれてきたりします。


パンポレのサフラン栽培農家、バシールさん。

カシミールのサフランは世界一だと地元の人は言います。
ところが、価格も世界一高いので、いったんディーラーの手に入るとあの手この手のごまかしが闊歩しているようです。
実際にサフランを作っている農家から直接買わないかぎり、本物は手にはいらない、というのが実情です。



いろいろ周りではたいへんなことが起きているようですが、本物のサフランでサフランティーを飲むひとときは、台風の目のように静かで、すっきりとした青空をかんじさせてくれます。


サフラン・ティーの作り方はこちらからどうぞ


世界最高級の、カシミール・サフランは、サフランロードから入手できます





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| サフラン情報 | 11:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
サフラン栽培農家 −グラム・バットさん−

スーフィーの神秘家が消えたあと、そこにいたのはモハメッド・ラムザーンと5,6人の人たち。
そこでは、いま、マスタード・シードの収穫をしているところでした。
サフランの端境期には、こうしていろいろな作物を作るのでしょうね。



私は、ラムザーンがご主人だと思って、いろいろ質問しました。こんなかんじです。
「サフランはいつ咲くのか?」
「10月20日から11月初めにかけて、花を咲かせる」
「サフランの花を収穫するのは、いつか?」
「10月末から11月にかけて」
「そのあと、どれくらい乾燥させるのか?」
「2週間くらいだ」
「この畑でどれくらい収穫できるのか?」
「だいたい1ヘクタールあたり、75トラ(約750g)くらいだ」
「1g、いくらで売れるのか?」
「1トラ、2500−3000ルピー(1ルピー2円くらい)だ。今年は収穫が少なかったから、高く売れた」
「なぜ今年は少なかったのか?」
「神の御心のままに」
「肥料はなにか与えるのか?」
「神が与える」
「一度種をまくと、10年くらい咲きつづけるというのは本当か?」
「だいたい8−10年くらいは咲きつづける」
「サフランはよい作物か?」
「神のギフトだ」

たんたんと、簡潔明瞭に、私の質問に答えていくのです。
私はこのラムザーンが気にいったので、翌日お茶を飲みに家を訪ねることにしました。

彼が教えてくれた家を訪ねると、彼ともうひとりの老人が、私を二階に連れてあがりました。
そこにはタバコ・パイプがあり、スーフィー音楽がかかっていました。



あとから知ったところによると、このもうひとりの老人が、じつはこの家の主人で、サフラン畑の持ち主であったのです。ラムザーンは、頑固で、忠実な、執事(マネージャー)といったところでしょうか。



このご主人、グラム・モハメッド・バット氏は英語を話さないので、残念ながら直接お話はできないのですが、自然な立ち居ふるまいのなかに、威厳と,格調がただよっていて、単純に、「あれ。この人、すごいな」と思わせる何かがあるようです。

サフランは、なにか、神とか、霊性とか、スーフィーとかと、密接につながっているかんじがしますね。

このあと、カシミール・カワと呼ばれるサフラン・ティーをごちそうになりましたが、そこにもこんな人たちがおりました。
みんなスーフィーです。
すごいところだ、サフランの里は。



この次は、サフランティーの作り方などをご紹介しましょうか。




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| サフラン情報 | 12:53 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
サフラン畑で、スーフィー(神秘家)に会った (その2)
あなたのサフランを買いたいが,売ってくれるか?と聞いたら、家に兄弟がいるから、そこへ行って買えばよい、と言って、マンズールさんに住所を教えました。
私たちは老人に礼を言って、また町に戻り、その住所の家に行きました。


まじゅ手に持っているのは、サフランの枯れ草!?

すると、そこには、女性が二人いて、ここはママスディールの家ではないと言います。住所はあってるけど、そんな人は知らない。と言うのです。
我々は、だんだん狐につままれたような気がしてきて、なんだかわからなくなりました。
タジャムル君は、「ママスディールというサフラン農家は、このへんにはいないのか?」と女性に聞いているようです。
すると、女性は、「ママスディールは知らないけど、サフラン農家なら一人いるわよ」と言って、我々をサモサやスィートなどを売っている店に連れて行ってくれました。
そこが、サフラン栽培農家、バシール・モハメッド・ミリのお店だったのです。バシール・モハメッド・ミリについては、また次の章でご紹介します。

このときは、サフラン畑でみた老人がたいへん気にいってたものだから、また同じ場所に戻っていったのです。
ママバシールは、もうどこにもいませんでした。
まるで、サフラン畑のなかに忽然と消えていってしまったかのようです。

200メートルほど離れたところで仕事をしていた人たちに聞いても、だれもそんな人は知らないというのです。
その人たちが、本物のその畑の所有者だったわけですけどね。
あとから、いろいろサフランについて話を聞くと、サフランは私が思ってたように、やはり11月に花を咲かせるのです。

そうするうちに、私のなかではようやく、いろいろつじつまの合わない話やら、奇妙なできごとの連続が、だんだんはっきりとしてきたというわけですよ。
若いタジャムル君は、憤慨して、「あのジジイ、なにからなにまでみんな嘘っぱちじゃないか!」なんて、憤慨してましたが、そのころには私はこの奇妙奇天烈な出会いの意味がわかってきたのです。

たいへんありがたい、インビテーション(招待)をいただいたわけなのです。サフラン畑の精霊(スピリット)から・・・ね。



あれはスーフィーの神秘家、モハメッド・バシールで、あのようにして私を360度ぐるりとサフラン畑で一回転させてくれたというわけ。

モハメッド・バシール、もう一度会いたいものですけど・・・。
神秘家だったら、もう今生では会わないかもね。
でも、いい出会いだったなあ、と今でも思っているのです。




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| サフラン情報 | 12:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
サフラン畑で、スーフィー(神秘家)に出会った (その1)
私はいま(2009年5月16日)、ダルゲートの近くにある、「ヌール・ゲストハウス」に投宿してます。
二階の私の部屋は湖(といっても始まりの部分なので、川のようですけど。。。)に面していて、3方向が全面ガラス戸なので、たいへん明るく、開けていて、気にいっています。



ここのご主人、シャキールさんにサフランのことを話すと、まず友人のファヤズさんを紹介してくれました。
そして、ファヤズさんがパンポレでフルーツ屋をやっている従兄弟のマンズ−ルさんと連絡を取ってくれました。
それで、翌日、私は英語の話せるタジャムル君というリキシャ・ドライバーを雇って、パンポレにやってきました。
インド・コネクション・・・、インドではこのようにしてものごとが起こっていくのです。

マンズ−ルさんのフルーツ・ショップはすぐ見つかって、今度はクルドというサフランを作る人のところに行きたい,と言うと、周りの人がみんな集まってきて、ああだ、こうだ、しゃべっていました。結局、だれもわからずに、マンズールさんがファヤズさんに電話して、それはクマールのことだと判明。クルドはクマールの愛称なのだそうです。
クマールは3軒となりでギフトショップをやっている人で、私にサフランのパックを見せてくれました。
1g、300ルピー(約600円)だと言います。
ええ!?、と私は驚きましたね。
なぜなら、この価格はムンバイやゴアで買う値段と同じだからです。
私は、カシミールまで来れば当然、産地価格で安いのだろうと思っていました。
だって、あいだに問屋とかお店とかのマージンがはいって、輸送費だってけっこうかかるだろうし・・・、ま、半分とまではいかなくても、それくらいは安いだろうと思ったわけです。
それで、「こいつ、ぼってるんちゃうんか?」と思って、あとはいい加減にあしらっておくことにしました。
いちおう、ファヤズさんやマンズールさんの手前もあるから・・・、あまり悪い言葉は使わないようにして、ね。

マンズールさんに頼んで、じゃ、サフランの畑に連れて行ってくれないか、と頼むと、いいよ、と自分の店をほったらかしにして、私たちをそこから2キロほど南に連れていきました。
一面に広がるサフランの畑でした・・・、もっともこの時期はサフランの花は咲いてないのですが、ひろびろとした大地のむこうにヒマラヤの尾根がみえて、のどかな、田園風景です。
ちょうどそこにひとりの老人がいたので、マンズールさんとタジャムル君が老人に話しかけました。



タジャムル君の通訳によれば(その老人は英語を話さないのです)、彼はママスディール、この土地の所有者で全部で16ヘクタールあるということです。
サフランは10月に芽をだして、3月20日から4月にかけて花を咲かせるのだそうです。
枯れたわらのようなものを土から抜いて、これがサフランの枯れたものだといって見せてくれました。
私はサフランの花は10月末から11月にかけて開花すると聞いてたので、この老人に何回か、11月じゃないのか?、と聞くのですが、そのたびに老人は、否定して、3月から4月にかけてだと、断言するのです。

私は、怪訝な面持ちながらも、パンポレのサフラン栽培農家がサフランの畑のなかでそう言うのだから、ひょっとすると年2回収穫するのかな、なんても思ったりしましたが、老人はやはり、そうじゃない、4月1回だけだ、と言うのです。
「1月か2月に種をまくのだ。まくときは、それぞれの種を40cmくらいの間隔をあけて、まいていくのだ」
ああ、そうですか。と、我々は老人の講義を聞いてました。



で、私は1月か2月に種をまいて、4月に収穫するのに、なんで10月に芽が出るのか、と聞くと、老人は種をまくのは10年に一回だけだ。後は、ひとりでに10月になると芽がでてくるのだ、と言います。
なるほど、そうなのか・・・なんて思いました。
いくらで売るのか、という質問に、老人は1トラ、2,500ルピーと、言います。ということは、1gが250ルピーです。



やっぱり高いなあ、と私は思うのです。
そう言うと、老人は、「サフランは高いものだ」と答えます。
ま、それはそうですけどね。でも、ゴアと同じ値段ってことはないんじゃないの?
老人は,にこにこしていました。(つづく)


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サフランの里 −カシミールのパンポレ村−

一面に広がるサフラン畑と、後ろはヒマラヤ山脈。

インドの北部に位置するカシミール州は、ほとんどの人がイスラム教を信仰しています。
それが原因で、パキスタン(イスラム教)とインド(ヒンズー教)の国のあいだで、たえず紛争の種になってますね。
10年位前に、私がマナリの側からラダックに行ったときには、カリギル戦争が起こっていました。
もっともラダック自体はチベット仏教の地ですから、レーに入ってしまうと、100キロ先で戦争が起こっているなんて信じられないほど、静かで、平和にみちてましたけど・・・かえって、台風の目だったのでしょうか。

とにかく、そういうわけで、カシミール州は旅行者にとってはちょっとぶっそうな地域なんですよ。
テロリスト(?)の基地も近くにあるとかで、スリナガルの街や、その周辺にはものすごい数の軍隊が常駐しています。
ほとんど20mにひとりというかんじで、銃を装備した軍人が立ってます。
いつでも銃を撃てるアラート体制でいますから、雰囲気がほかの地域で見るのとかなり違うって感じです。
本気だな。。。いつでも撃ちそうだな。。。というかんじです。
知らんぷりして歩いてますけどね。。。やはり、自分のなかのどこかがピリッと緊張しているのがわかります。
向こうの緊張をこちらがかんじるのでしょうね。

空気はヒマラヤの清浄な酸素に満たされ、水はヒマラヤの雪解け水が豊かに多くの湖に入り込み、そして滋養にみちた土壌は多くの作物を送り出してくれます。この辺の野菜屋には、蓮根が山のように積んであるのが、「おお!」と私の目を引きますね。

自然の恵みを豊かに受け取ったこのカシミール地方の中でも、きわだって神秘的で、豊饒な恩恵をさずかったのが、パンポレというところです。
パンポレはスリナガルから15キロほど南東に位置する地方で、ここは世界的に有名な「カシミールのサフラン」が栽培されているところなのです。
不思議なことに、サフランの栽培はこのパンポレでしかできないのだそうです。


サフランを収穫する人(10月ー11月)

ここの土がサフランに最適であり、ほかの土地ではサフランは育たないのだ、とパンポレの人たちは言ってました。
だから、彼らは、パンポレの土はアッラーの特別な恵みだと思っているわけです。

私もそれを聞いたとき、不思議だなあ、と思ったものです。
パンポレ以外では、サフランは栽培できない。
パンプレでしかサフランは栽培されていない。
パンポレなんて、小さないくつかの村の集合体にすぎないのですよ。
「カシミールのサフラン」というのが、インドだけでなく世界中の通り名ですが、実際には「パンポレのサフラン」なのです。(つづく)


サフランの知識と使い方はこちらからどうぞ



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